楽園追放

「どうせ出かけなければならないのならもう早く出てしまえばよいのだ。どうせ飛行機に乗ってしまえばあとは座っているだけ。」

もはや極限までやる気を失ってしまった私は皮肉なことに、ただ何もしたくないという願望を叶えるためだけに、外に出る道を受け入れたのであった。
 “仕方がない外に出よう。”

先ほどより一層強く、蝉たちの断末魔のごとき鳴き声が私の耳に響きわたる。

私の頭が重い体を引きずっている。私が乗る飛行機は16:25羽田発 鳥取行の便。私の住む地域の最寄り駅は小田急線『成城学園前』駅。そこからはJRと京急線を経由しておよそ50分で羽田空港に着く。途中乗り換えの時間もあるため、厳密にはもう少し時間がかかるのだが、もはやそんなことを考える能力は私にはない。ただなにも考えず、穢れを知らぬ蝿たちが紫外線に引き付けられ電撃殺虫機に向かっていくがごとく、ひたすら目的地を目指して歩くだけである。

 小田急線にしばらくの間(いつもならば、きっと時計とにらみ合いをしているに違いないのだが)揺られると新宿に着く。ただでさえ人間の多い『新宿』駅に、しかも8月のお盆休みにシーズンに飛び込んでしまった。愚策であった。2秒先のことを考えられない今の私にとって、この場所が私にもたらすものは壮大な自己嫌悪以外の何物でもない。
 
元来、私は人間という種類の生物、有機体が好きではない。人間という生物は、往々にして自身にとっても、周囲にとっても非合理なことしかしない。時折、「人間は自殺するために生まれてくるのだろうか?」と思ってしまうことすらある。とにかく行動ルールが理解不能なのである。私が人混みが嫌いな理由には、意味不明な生物たちに囲まれることが純粋に不快であること、そしてもう一つ、そんな意味不明な生物の群れの中にいる自分自身もまた、自らが嫌悪する人間なのだと実感してしまうからである。

はあ、早く飛行機に乗ってしまいたい。